生死
2008年 08月 25日
~生きてくことが辛いなら いっそ小さく死ねばいい~
物議をかもし出している、ワタシも好きな森山直太郎さんの新曲の一節。
ワタシは、自殺を選ぶ人たちを弱いとは思わない。強いとも思わないが、ワタシには死を選ぶ勇気はないし、それ以上に生きていくことが辛いこともあるけど、楽しいことに溢れていることを知っているからだ。
ただ、個人的には結婚も子どももいない現時点の段階であれば、自分で死を選ぶことは決してしないけど、いつ死んでも充実した人生だったなとまだ納得いくかなぁと思う。
死ぬ瞬間、そう考えるとは限らないけど。最期に贅沢をいうならば、死ぬ瞬間、自分が大切に思う人に手を握ってもらって死にたいかなぁ・・・。
今日、おじょうちゃんが強制退職になった。
どこかの保護施設に入るのだそうだ。
先週の木曜日、おじょうちゃんは手首を切った。
どうして切ったのかは分からないし、知る権利もないからワタシはなんとも思わない。
一応その翌日、ちゃんと出勤してたしね。青い顔はしてたものの。
彼女が何に悩んで何を思いつめていたのか、ワタシは分からないから深入りはしないし、死を選ぶのも彼女の自由だ。でもね、他人に迷惑をかける場所で死ぬのはやめてもらいたい。まだリストカットなら巻き込まないだけマシだが、硫化水素とかで自殺を図って周辺を巻き込む自殺はテロ行為にも等しいと個人的には思う。
おじょうちゃんがリストカットの常習犯かどうかは定かではない。
でもほんとに常習してたら半そでのシャツは着られないと思う。
手首の傷が今日も痛々しかった。
強制送還が決まって、彼女は泣いていたそうだ。
泣いて済む問題じゃないことくらい、分かっていただろうに・・・。サポートしきれない体制だった病院も悪いし、そういうクセがあることを知らせてこなかった前の施設にも問題がある。
でも、思い悩むのを聞いてくれるところがどこにもなかった彼女の状態を思うと、切なくなった。
「夜回り先生」として名高い水谷先生が面倒を見ている生徒たちの問題は、ここ数年でかなり変遷している。始めた頃はいわゆる「ヤンキー」。それが「薬物中毒」に変わり、「援助交際」、そして現在は処方薬の乱用、いわゆる「オーバードーズ」とリストカットに代表される「自傷行為」を抱える子どもたちのケアだ。
水谷先生は言う。「リスカするなら、親の前で、先生の前で、友達の前で切れ」
そのどれも持たなかった彼女は、いったい誰の前で切れば良かったのだろうか?
お付き合いしてる彼氏の前で?上司の前で?
切ってから我に返ってちゃんと処置を受けたからまだいいが、処置受けなかったらと思うと、ほんとに恐ろしい・・・。
自傷行為をする人のほとんどは、「生きてる」ことを実感するために自分を傷つけるのだ。
死んでるのと同じくらいの辛い出来事ってなんだろうか?
物事や出来事に対する受け止め方には個人差がある。だからってその閾値が低い人は生きていく術がないとは思わない。運よくワタシは今現在まで閾値未満の辛さしか味わっていないのだが、この先、そういう出来事に出くわさないとは限らない。
死ぬことが怖いなら、切るなというのは簡単なことだ。問題は切る行為そのものにあるのに、そこをすべて否定してしまったらなにも解決しないのに・・・。
おじょうちゃんの心の病気が治って、きちんと社会に適合できる大人になってくれることを祈る。
物議をかもし出している、ワタシも好きな森山直太郎さんの新曲の一節。
ワタシは、自殺を選ぶ人たちを弱いとは思わない。強いとも思わないが、ワタシには死を選ぶ勇気はないし、それ以上に生きていくことが辛いこともあるけど、楽しいことに溢れていることを知っているからだ。
ただ、個人的には結婚も子どももいない現時点の段階であれば、自分で死を選ぶことは決してしないけど、いつ死んでも充実した人生だったなとまだ納得いくかなぁと思う。
死ぬ瞬間、そう考えるとは限らないけど。最期に贅沢をいうならば、死ぬ瞬間、自分が大切に思う人に手を握ってもらって死にたいかなぁ・・・。
今日、おじょうちゃんが強制退職になった。
どこかの保護施設に入るのだそうだ。
先週の木曜日、おじょうちゃんは手首を切った。
どうして切ったのかは分からないし、知る権利もないからワタシはなんとも思わない。
一応その翌日、ちゃんと出勤してたしね。青い顔はしてたものの。
彼女が何に悩んで何を思いつめていたのか、ワタシは分からないから深入りはしないし、死を選ぶのも彼女の自由だ。でもね、他人に迷惑をかける場所で死ぬのはやめてもらいたい。まだリストカットなら巻き込まないだけマシだが、硫化水素とかで自殺を図って周辺を巻き込む自殺はテロ行為にも等しいと個人的には思う。
おじょうちゃんがリストカットの常習犯かどうかは定かではない。
でもほんとに常習してたら半そでのシャツは着られないと思う。
手首の傷が今日も痛々しかった。
強制送還が決まって、彼女は泣いていたそうだ。
泣いて済む問題じゃないことくらい、分かっていただろうに・・・。サポートしきれない体制だった病院も悪いし、そういうクセがあることを知らせてこなかった前の施設にも問題がある。
でも、思い悩むのを聞いてくれるところがどこにもなかった彼女の状態を思うと、切なくなった。
「夜回り先生」として名高い水谷先生が面倒を見ている生徒たちの問題は、ここ数年でかなり変遷している。始めた頃はいわゆる「ヤンキー」。それが「薬物中毒」に変わり、「援助交際」、そして現在は処方薬の乱用、いわゆる「オーバードーズ」とリストカットに代表される「自傷行為」を抱える子どもたちのケアだ。
水谷先生は言う。「リスカするなら、親の前で、先生の前で、友達の前で切れ」
そのどれも持たなかった彼女は、いったい誰の前で切れば良かったのだろうか?
お付き合いしてる彼氏の前で?上司の前で?
切ってから我に返ってちゃんと処置を受けたからまだいいが、処置受けなかったらと思うと、ほんとに恐ろしい・・・。
自傷行為をする人のほとんどは、「生きてる」ことを実感するために自分を傷つけるのだ。
死んでるのと同じくらいの辛い出来事ってなんだろうか?
物事や出来事に対する受け止め方には個人差がある。だからってその閾値が低い人は生きていく術がないとは思わない。運よくワタシは今現在まで閾値未満の辛さしか味わっていないのだが、この先、そういう出来事に出くわさないとは限らない。
死ぬことが怖いなら、切るなというのは簡単なことだ。問題は切る行為そのものにあるのに、そこをすべて否定してしまったらなにも解決しないのに・・・。
おじょうちゃんの心の病気が治って、きちんと社会に適合できる大人になってくれることを祈る。
by who54211
| 2008-08-25 17:54
| 人間