タイトルは常に漢字二文字にこだわっただけの日記。  *広告目的のコメントはwho54211の判断により消去・ブロックさせていただきますのであしからず*


by who54211

注意

上から5番目の店名に注目。

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面白いネーミングだよなぁ・・・。
ここいったい何のお店なんだろうか???
やっぱりお肉なのかなぁ・・・。でもベルサイユって家畜盛んなのか?

*-*-*-*-*-*-*

とあるトイレにて・・・。

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気合で乗り切れるのか?
冷たいと問題なのかしら?

家のトイレにも貼っておいたほうがいいかしら?
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# by who54211 | 2007-05-07 20:55 | 報告 | Comments(3)

育児

子供の日である。

ワタシには弟が二匹もいたので、小さいころはほかの家庭と同じように兜を飾り、こいのぼりを上げ、そして柏餅と粽を食べていた。菖蒲湯は覚えてないな~。

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知らなかったが普通の餡子の柏餅だけじゃなくて、ちょっとしょっぱい味噌餡の柏餅があるのだ。けっこうおいしかったのだ。
柏は新芽が出るまで古い葉が落ちないので、子孫繁栄を願っているらしい。

こいのぼりは鯉の滝登り(鯉が滝を昇っていってやがて竜になったという伝説)にあやかっているのだ。吹流し、真鯉、緋鯉、子鯉のイメージで♪おもしろ~そ~に泳いでる~♪というのがワタシの実家のこいのぼりだったが、北関東では滝登りをイメージしてしかもやたらと大量につるしてあることが多い。でもこっちのほうが本来の意味に近いのね。

子供や教育の問題が取り沙汰されるようになって久しい。結婚も出産もしてないワタシがこの問題に意見するのもなんだが、最近、深夜に子供の姿を見かけることが増えたコトには疑問を抱く。少子化とか言われてる割に子供の姿をよく見かけるのは、活動の時間帯が大人と同じ時間帯になっているからだ。

多分自分が育った環境と違うから違和感を覚えるのかもしれないが、深夜に子供を連れ出すのには正直反対だ。「寝る子は育つ」とはよく言ったもので、大人と違い、しっかりした睡眠なしでは心身の発達はありえないと思う。(よく寝てた割には身長大きくならなかったけどさ、ワタシは。)

親の都合で子供を振り回すのはけして「子供との時間を作っている」とは言えないのではないのかしら?子供は親の付属品ではなく、保護者という言葉が表す通り、守ってあげるべきものであると思うのだ。

桃の節句にせよ、端午の節句にせよ、わが子の健やかな成長を願うための行事だ。こういうときだからこそ、子供のために何ができるのかを考えてみるのもいいのかもしれない。

・・・って子供いないけどw。(←しつこいって?)

自分の親が自分をどういう風に育ててくれてきたのか、ちょっと思い返してみるとやっぱり感謝してやまないものだ。ま~まだまだ迷惑かけているけども。

やっぱりいくつになっても親は親、自分を愛し愛される存在であり、尊敬できる存在でいつづけるのだ。

今後、親になる機会に恵まれるとしたら、親としてどうあるべきかよりも、子供に何ができるのか、何をしてあげられるのかを考えられる人でありたいと思う。
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# by who54211 | 2007-05-05 20:21 | 関心 | Comments(5)

発見

宇都宮には
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という二つのアーケードがあるのだ。
どちらも地元のアーティストによって歌が作られているのだ。栃木では結構売れたらしい。

お天気もいいし、映画まで時間があったのでぶらぶらと両方の通りを歩いて回っていた。
あんまり明るい時間に見て回ったことなかったけど、実はこの二つの通りには個性があるようだ。

オリオン通りにはギャルファッションの店と昔ながらに続く商店が並び、ユニオン通りには何故かパンクファッションの店が多い・・・。

宇都宮ってジャズとカクテルの街じゃなかったっけか???
って言われてもジャズってどういうファッションで聴くとか決まってないか。でもこの二種類ではないよな・・・。


その後、映画「神童」を見に行く。

上映までエレベーター前で待てと言われたので、おとなしく待っていた。ワタシのほかにカップルが一組ベンチに座っていた。

女「これってなんて読むの?」
男「しんとう?じんどう?・・・読み仮名ふれっての!」

タイトルも分からないで見に来たのか・・・。

会話はまだ続く。

映画「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」のポスターを見て
女「ね~東京タワーって前にもあったよね?」
男「あったっけか?」
女「そうだよ、黒木瞳と・・・V6の・・・誰だっけ?」
男「誰だっけか?」
女「これってパクリ?」
男「終わってるな」
女「終わってるね」

・・・ぜんぜん違う話でんがな、お二人さんよ。
しかも岡田くんの名前が思い出せてないのに、会話続けて気持ち悪くないのか?

そしてまた映画「神童」のポスターを見て会話はさらに続く。
男「誰だっけ?この男。ドラマに出てるよね?なんとかなんとかロボ」
女「そうなの?あれだよ、デスノートに出てる人だよ」
男「え?主人公?」
女「そうそう、藤原竜也と・・・もう一人のほう、ほら、キラ!!」
男「へ~俺、見てない・・・。でも今テレビでやってるなんとかなんとかロボはおもしろいよ」
女「おもしろいって言えば、夜中やってるやつがおもしろいよ。なんだっけ?レイアー・ゲーム」
男「何曜日にやってるの?」
女「え~と水曜日だったかな?平日平日!」
男「だめだわ、俺寝てるわ・・・」

この二人の会話にココロの底で突っ込みまくって時は過ぎていった。

ちなみに「なんとかなんとかロボ」は「セクシーボイスアンドロボ」、「キラ」ではなく「エル」、「レイアー・ゲーム」ではなく「ライアー・ゲーム」、ついでにこのライアー・ゲームはいわゆる土ドラ。土曜日に放送しているのだ。

この二人は溢れる情報に混乱してるのか、それともどうでもいいと思って会話してるのか、それとも・・・。

頭のなかで出てきたことをきちんと伝えるっていうのは大切なことなんだけど、なかなか難しいのも事実。だからこそ共有できる情報っていうのは明確にしておいたほうがいいと思うんだけどな。

思い出すっていうことは脳の活性化にもとてもいいことなんだけど、そのチャンスをこの二人は逃してしまったのね。

日々のなんでもないこともやっぱり一つ一つが大切なんだと思う。

他人との会話、大切にできる人間でありたいと思う今日この頃。
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# by who54211 | 2007-05-04 22:20 | 報告 | Comments(3)

対比

連休といえど、やることもないのでぼやっと録り貯めたビデオとテレビを見る一日。(洗濯もしたけども。)

何かの偶然で「ロッキーシリーズ」を昼間見て、夜、今はボクシングの試合を見ている。
実はこの裏ではカメダ親子がもんたとクイズで戦っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

なにか間違ってると感じるのだが、何が間違ってるのかが分からない。

ボクシング3連戦とのことだが、最初の2戦、日本人は負けてしまった。
現在、長谷川くんが奮闘中→試合終了、判定に入った。

判定で長谷川くんが辛勝。

長谷川くんは最終ラウンドまでずっと滑るリングマットのせいで、強いパンチを繰り出せなかったらしい。

そのリングマットに刻まれていたのは・・・

「ロッキー・ザ・ファイナル」

・・・・失笑。
これはやはり見に行かねば。
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# by who54211 | 2007-05-03 21:09 | 関心 | Comments(4)

悪意

今診ている患者さんで、ほぼ前屈した状態で歩く人がいる。ほんとに床におでこがつくんじゃないか?っていうくらいに腰が曲がっているのだ。

ただ、その人はそれを自分で自覚した上、時折前方を見ながらなんとか自力で歩くことができている。田植えが終わり次第自宅に帰る予定も立っている(と思う)。

その人が歩く様を別の患者さんが大きな声で言った。

「ま~、かわいそう!!」

きっとこの台詞を言った患者さんは悪気はなかったのだろう。(あったとしたら最低だ)同情から出た言葉なんだと思う。
だが、一瞬リハビリ室の空気が固まった。ほかの患者さんたちはこの二人を凝視していたが、言われたほうの患者さんは若干耳が遠かったせいか、気がついてなくてよかった。

理学療法士の目から言えば、平行棒野中でしか歩くことが出来ず、さらに家族の受け入れもなく、このまま流されるままに入院してるこの台詞を吐いた患者さんのほうがよっぽど不幸せに見えるのだが・・・。本人には言わなかった。

患者さんにより家族の問題はそれぞれだ。時として「え~この状態で帰るの?ほんとに大丈夫か?お嫁さん・・・」という患者さんもいるが、どうして一人でなんでもできるのに帰らないんだろう?という患者さんもいる。

病院や施設で亡くなるにしても、やはり惜しまれて亡くなる患者さんというのは、割と社交的でにこやかな人が多いような気がする。気難しい人であっても、他人に迷惑をかけてない人はやはり家族から大切に思われてるケースが多い。

逆に内弁慶だったり、ヒガミ(もともとそうじゃなかったにしても)っぽい人のところにはなかなかお見舞いには来ない。来ても洗濯物を持ってくるだけのことも多いのだ。

これが認知症が原因による虚弱老人の場合顕著に症状が出る。

年末までリハビリ室ではなんとかがんばって動こうとしていたば~さまがいた。
しかし年が明けてからというもの、呼びかけにすらまともに反応しなくなってきた。
痛みに対しても鈍感になってきたのだ。

原因は、それまで頻回だったじ~さまの面会がぷっつり切れてしまったことにある。

高齢者の場合、落ちていくとそれはそれはものすごいスピードで症状が悪化する。これは今まで診てきたケースでも実証済みだ。

育児と違って、ゴールがなかなか見えない介護は、時として投げやりになることもあるだろう。そしてそれが義務だと分かっていても体がついていかないこともあるだろう。

ワタシは専門家として家族にすべてを押し付けるつもりはさらさらない。まして自分が同じ立場だったらそんなに献身的に尽くせるのかといわれれば自信は全く無い。

でも、病院や施設は高齢者を入れっぱなしにしておくところではない。家族との交流なしでは成り立たないシステムになっていると個人的には思っているのだ。

患者さんにはなるべく動けるようになってもらいたいし、家にも帰ってもらいたい。でも家族は帰ってきてもらっても困るという。

そのジレンマに苦しむ日々だ。当の患者さんはほんとに帰れると思ってリハビリ室に来るのに・・・。
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# by who54211 | 2007-05-01 22:42 | 人間 | Comments(2)