タイトルは常に漢字二文字にこだわっただけの日記。  *広告目的のコメントはwho54211の判断により消去・ブロックさせていただきますのであしからず*


by who54211

危険

日差しが強くなってきた。
そして気温も上がってきた。

ワタシは少し前のブログでも書いたが、紫外線対策は年がら年中行っている。紫外線が強くなる季節は、顔はフィニッシュパウダーをUVカットに変えるのと、塗りなおしを行う回数が増えるが、ベースの手入れ自体は変わらない。

しかし、体、特に腕は、日焼け止めを塗るという作業が増えるのだ(もちろん冬でもノースリーブのセーターとか着るときはいくら上着着てても塗ってるが)。

この日焼け止めっていうのは結構クセモノなのだ。

ここ2~3年、割と性能のいい日焼け止めが出てくるようになったが、いくら「保湿」を謳っていても、残念ながら乾燥を招いてしまう。ワタシの腕はむしろ冬のほうが潤ってるかもしれない・・・と思うくらい、日焼け止めを塗ってしばらくすると乾いてしまう。

仕方ないので乳液を混ぜることにした。混ぜないよりはマシになったかしら???

紫外線にやられての肌の手入れよりも、この日焼け止めの乾燥の手入れをしなくちゃいけないなんて・・・。最近の日焼け止めは密着性が上がってるからメイク落としを使わないときちんと落ちないのだ。これも相当な負担だよなぁ・・・。

夏の手入れといえば、無駄毛の処理もあるが、ワタシはほとんど永久脱毛処理をしてるので、剃ったり抜いたりしなくて済んでいるが、日焼け止めに加えてカミソリとかしてたらひどいことになるかもしれない・・・。カミソリ処理する人は気をつけてほしいな。せっかく肌を見せるのに、ボロボロになってたら哀しいもの。

女に生まれたからにはやっぱり綺麗に見られたいと思ってしまうものだ。

夏はもうそこまで来てるのだ!!ってそこまでは張り切ってないけども、やっぱり常日頃の手入れには気は抜けないなぁと思う今日この頃・・・。
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# by who54211 | 2007-05-18 22:56 | 趣味 | Comments(2)

普通

「世界ってこんなに熱いものだったんだ」

この台詞が使われた映画が「檸檬のころ」。原作も同名の短編小説集である。

栃木県でオールロケした映画だったので、特別鑑賞券で安く見れるから~と見たのだが、どうしてもストーリーの下地を知りたくて、原作の単行本を購入したのはもう大分前のことだ。
短編集だから一つ一つ読んでると、なんとなく読み終えるのに時間がかかってしまうワタシの悪い癖。ツヅキモノは逆に一気に読みたくて、「バッテリー」シリーズをブックオフで集めてる最中だ。

この「檸檬のころ」っていうのは田舎の進学校を舞台にした、なんでもない生徒たちのお話である。

ワタシが高校生だったのはもう10年以上も前の話になってしまったが、やっぱり経験したことだからなんだろうか?この手のお話は共感を得ることが多い。

特にこの本に関しては、最期の解説で「豊島ミホは『なんでもない』を輝かせる人である」と賞賛されていたが、まさにその通りで、普通に高校生をしていたワタシにはとても近いお話だったように思う。それがうまく切り取られているのだ。(どういうのが普通なのかって聞かれると答えるのが難しいが・・・。)

この豊島さんと同世代の作家というと金谷ひとみさんや綿谷りささんがいるのだが、どちらの小説の切り口もどちらかというと「目新しいもの」を取り扱っていることが多い(全部読んだわけじゃないから断言はできないけど)と思う。そういう意味ではこの人の作風は逆に新鮮だったかもしれないなぁ。

冒頭の一節は、ひとつの短編の主人公である女の子が恋に目覚めた時に、発した言葉だ。

恋愛に限らずだが、ふっと何かが開けたような瞬間って、こういう思いを抱くような気がする。大人になった、と言われてしまう今でさえ・・・。

大体映画とかドラマは原作には勝てないものだが、原作を後から読むと実写のよさが引き立つのかもしれない。ちょっともう一回「檸檬のころ」見たいかもと思い始めた雨の午後・・・(昼休みに読んだの!!ちゃんと仕事してるってば!!!)
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# by who54211 | 2007-05-17 22:25 | 趣味 | Comments(4)

迷走

どうでもいいが、ワタシはいろんなスポーツを見るのが好きなのだ。
お金がないのと体力ないのでもっぱらテレビ観戦が多いのだが・・・。
そのなかのひとつがF1である。

スポーツが好き、といってもどの種目ひとつとっても別段すごく詳しいわけではない。F1のチームとドライバーくらいは把握しているが、マシンの性能がどうとかピットワークの影響とか、細かいことを突っ込まれてもまったくもってお手上げ状態である。

ただ、なんとなく駆け引きがあるから好きなのだ。

で、今年度からF1の放送をするフジテレビさんは、オープニングを一新したのだ。

何故かQUEENのFLASHをリミックスして、それに乗っかってアメコミ風のドライバーと車が登場するというアニメーションなのだが・・・。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1411082234

これだけではなく、いろんなF1ファンの人のブログでは「このアニメはいただけない」と酷評されている。
一生懸命イメージ探したのだが見つからないので、再来週のモナコGP、機会があれば見てほしい。

何がって、まず似てないのだ。
誰が誰だかわからないし、車も違うし、ドライバースーツも違うし・・・。

なにがしたかったんだろうか?とっても微妙・・・。
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# by who54211 | 2007-05-16 23:31 | 趣味 | Comments(4)

感謝

『母親というものは 実に本当に無欲なものです だから母親を泣かすのは この世で一番いけないことなのです』

葉祥明の「母親というものは」という詩の一節である。ベストセラーになったリリー・フランキーの「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン」のなかでも引用されている。

母の日なのだ。
実家から離れて暮らすようになってからのほうが、この日を意識するようになった。一緒にいるときはありがたみってあんまり分からないものなのね。

「母親を泣かしてはいけない」と書いてはあるが、うちの母は涙もろくて、4人姉弟の小学校中学校の卒業式では、ワタシたちが書いた手紙を読んでは泣き、弟のときにはPTAの代表で謝辞を読んだらしいのだが、そのときにも涙ぐんでしまったらしい。かわいいところがある人である。
残念ながら結婚した姉は挙式をしてないので、娘の結婚式に涙する、という場面にはまだ出くわしてはいないのだが・・・。
保育士をしてるんだけど、この人仕事中とか大丈夫なんだろうかねぇ・・・。卒園式とか何十回としてると思うんだけども・・・。

もちろん、この詩の中での「泣かす」とは哀しませて泣かすことなんだけどさ。

毎年母の日には、花ではなく(ほかの姉弟とかぶる可能性が高いからね)、いろいろと考えて贈っているのだ。一昨年はエステのサービスチケット、去年は任天堂DSと脳トレ、今年はどうしようか悩んでいたのだが、かさばるものを贈っても邪魔モノにされそうだし、コツコツ自分の時間を楽しんでもらおうと↓にしたのだ。

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ほんとは単純なパズルゲーム(テトリスとかさ)とかが入ってるのにしたかったんだけど、自分で買ってたら嫌なので、自分じゃ買わないけど興味ありそうなものにしてみた。
一応お礼のメールが届いたので喜んでくれていると信じている。

うちの母親は誕生日が元日だからどうしても誕生日はお祝いしてあげにくいから、母の日だけなんだよな~。というか、中学に入るころから姉弟の誕生日もお祝いしてあげることがなくなってしまった。一応覚えてはいるのだけども。

母の日だけでなく、いつもありがたいと思いたい母の愛。
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# by who54211 | 2007-05-13 21:04 | 報告 | Comments(3)

計画

お友達が無事に出産した。初産だったんだが、安産だったみたい・・・。早々とブログを書いてるところを見ると母子ともに健康なんだろうと思う。

実は4月の頭に弟夫婦にも子供が生まれたのだが、お嫁さんがちょっと体が弱くて十月十日おなかに赤ちゃんが入っていることができず、8ヶ月目に帝王切開したらしい。1700gで生まれたみたいだが、なんとか無事に成長しているみたいだ。

新しい命の誕生は、幸せの象徴であってほしいと願ってやまない。

ワタシは結婚も出産も子育ても経験がないので、こういう大事業を成し遂げている人を心から尊敬している。これからも大変なことの連続なんだとは思うが、しっかり母親業してもらいたいと思う。

最近はいわゆる「できちゃった婚」をするカップルが増えてきた。
それ自体をまったく否定するつもりはないし、婚前交渉が悪いとは思わない。周りのお友達にも何組かそういう夫婦もいるし、今のところ幸せな家庭を築いているところを見ると、結婚とに踏み切るにはいいきっかけになるのかもしれない。

ただ、ワタシ自身はできちゃった婚はしたくないと思っている。

思春期のころに妄想していた人生設計のなかでは、ワタシはすでに二人の子持ちくらいになってる予定だったのだが、ま~そんなもんは数年前からもろく崩れまくっている。

結婚とは他人同士が家族になる、ということだとワタシは思っている。

それはいくら同棲生活を長く続けていようと、きちんと二人でけじめをつけなければいけないことだと考えている。

その「けじめ」を「子供」にはしたくないと思うのだ。

性交渉をした上で分娩すれば、生まれた子供は自分の半分の遺伝子を受け継いでくれている。
けれど、そのまた半分の遺伝子を提供した伴侶は、自分とはそういうつながりがないのだ。
だからこそ、夫婦二人の関係というものはとても大切にしなくちゃいけないと思う。それには二人だけの時間も必要なんじゃないのか?と考えているのだ。

昔、付き合っていた人に「おまえは子供でもできない限り結婚には踏みきらね~よ」と言われたことがある。結局その人とはご縁もなかった。

確かにあまり結婚願望のあるほうではないが、そういわれたのは心外だった。

夫婦という絆を構築することと、普通に楽しく恋愛関係を築くことは根本的に違うと思う。結婚には自分の背景にあるものも大きく影響してくるからだ。未だに結婚式場では「○○家・○○家 式場」と表記されるのも家同士のつながりを強調していると思う。

どんなに二人で居る時間が長くても、お互いを「伴侶」として見ていなければ夫婦という関係は築いていけないと思う。その意識を作るのが結婚という作業なのではないのだろうか?

ま~中にはいざ「子供が欲しい」と思ってもできないカップルもいることだし、できちゃった婚もアリだとは思うけども。

でもね、避妊は男性も女性も方法を知っているんだから、勢い任せで性交渉はしちゃいけないと思うのだ。人間は学ぶ生き物なんだからちゃんと避妊法を習得しなくちゃいけないんじゃないのかしら???
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# by who54211 | 2007-05-12 21:21 | 記事 | Comments(4)